和歌にはウムラウト

ドイツ語の単位を落としたマンの日記

せっかくなので

せっかくブログ作ったのに、全然更新しないまま2年程たってた。

 

この2年の間にいろいろとありました。

個人的に大きかったのは、理系学部生から理系院生にジョブチェンしたこと。

 

一人暮らしを始めたこと、

始めた途端に大地震があったことなどなど。

 

いろいろあったけど、一番大きかった出来事は、

博士後期課程に進学を決めたことだと思う。

 

まあ、せっかくこんな楽しい分野に出会えたので、せっかくなので。

 

 

 

 

カンガルー

他人の人生に触れる感覚が好きです。という話を友人にすると、必ずと言っていいほど疑問符が飛んでくる。まあ、当たり前、当然の反応。

 

大学での数少ない友人に借りた有名作家Mの短編集を読むなどした。あまりに有名で避けてきたが、借りといて読まないのはどうだろう、ということで読んでみた。結論から言うと、あまり好きにはなれない感じだった。ただ、短い物語の中の登場人物たちの繋がり具合が自分には心地よかった。微妙な距離感。

 

街ですれ違った人、電車でたまたま同じ車両になった人の、今この瞬間までの人生を想像したりするだろうか。自分はよくする。この人の今までとこれからの人生の長い長い時間の中、この一瞬にだけ登場するという形で自分はこの人の人生に触れている、という感覚が好き。ほんの一瞬でいい。自宅の最寄り駅から大学の最寄り駅までの電車の時間では長すぎる。街ですれ違うくらいの時間でいい。長い時間をかけて強まった繋がりからは感じることのできない感覚がいい。有名作家Mの短編集に登場する人物たちの繋がり具合、科白から伝わる登場する人物たちの間の距離感や空気感が、人の人生に触れる時の感覚に似ているように感じた。という話。

 

(有名作家Mの短編集をかしてくれている友人へ。ずいぶん長い間借りてしまってゴメン。近いうちに必ず返します。)

 

近況とおキモチ

お久しぶりです。

 

半年に一度の更新がデフォルトになってきました。

 

最近は、『罪と罰』を読んだりしていました。

ドストエフスキーさんは『カラマーゾフの兄弟』以来だったのですが、読みやすい。

樋口一葉さん、シェイクスピアさん、ドストエフスキーさん、

どこか作品の造りが似ているような…考えすぎのような…

 

深く考えるのは楽しいですが、純粋に作品を楽しむことも忘れないように…と。

 

 

追記

年末に某所で、趣味の話を公にしてよいという機会をいただきました。

その時に、『森鴎外さんと樋口一葉さんのキモチを考える』をテーマに話させてもらいました。

「文系は作者の気持ちでも考えてろ」を四角四面に受け取ってみました。

その時の内容も、書きたいなあと思ったり思ったり。(思うだけだったり。)

 

 

使い方

お久しぶりです。

ほとんど記事を更新しないまま半年近く経っていました。

僕は大学生なのでまだ夏休みですが、学校以外での活動がいろいろと動き出す時期に入っていて、少しずつ忙しくなってきています。

 

全く使っていなかったので忘れかけていたのですが、そもそもこのブログを作った理由は、僕の趣味(文学など)の活動のためでした。なので、今後、趣味関連で活動したり、何か資料を作ったりした際は、このブログにアップしていこうと思います。

 

自分で自分のブログの使い方を忘れかけていた(忘れていた)ので、改めて自分自身へ確認、という記事でした。

 

 

3月25日

3月25日という題で3月26日にブログを更新するということをやっております。

なぜ昨日に更新しなかったかという理由は特にないです。なので言い訳も特にできないという…。

 

前置きはこの辺にして本題に入ります。日付の題をつけるということはその日に何かしら特別なことがあるということであろうと考えるのが普通でしょう。今回の記事は全くもってその通りで、樋口一葉さんの好事家の一人として、この日は一年の中でも大きな日であるわけです。そう、3月25日、正確には明治5年3月25日は樋口一葉さんの誕生日なわけです。

 

しかし、一葉さんの生涯について知っている方ならおかしいと思うかもしれません。なぜなら、一葉さんについての書籍や資料集などを覗くと、生年月日のところが1872年5月2日となっているからです。これは別に資料が間違っているということではなく、どちらも正しいのです。この違いはなんでしょうか?

 

樋口一葉さんの生きた時代を考えると、その理由がよくわかります。端的に言ってしまえば、これは暦の違いによるものです。私たちが今現在使っている暦は『太陽暦』と呼ばれるものです。一方、一葉さんの生まれた時に使われていた暦は『太陰暦』と呼ばれるものです。暦についてはあまり詳しくないので深く立ち入りませんが、この違いが誕生日が二つ存在する理由となっています。明治という時代はいろいろなところで日本にとって大きく変化をもたらした時代であることがわかります。

 

一様日記によると、一葉さんは生涯自分の誕生日は3月25日であるとしていたようです。現代に生きる私たちからみた一年のうちの一日と、一葉さんの思った一年のうちの一日が一致しないというのは少々悲しいことのように思います。ただ、一葉日記の愛読者(?)として、一日一日をたどる上では大切にしたい日であると感じています。

 

一年という枠で見た時に『すごした時間を共有できる日記』と『感じた時間を共有できる季節』という違った二つの楽しみ方ができるのも、明治文学の楽しみなのかな、と思う一葉さんの誕生日でした。


追記

一葉記念館に行ってきました。資料の充実さはもちろんですが、グッズもたくさんあり楽しかったです。是非一度。


はじめまして。

はじめまして。
御徒町という名でブログを開設しました。


僕自信のプロフィールはアカウントのプロフィールで見れると思うので、ここではこのブログの説明をします。


現在、僕はある私立大の理工学部で物理を学んでいます。進路選択で文学部と理工学部に行くか迷ったあげく、理工学部に進んだのはいいけど、文学への諦めがついたということではありません…。

ということで、専門の物理とは関係がない場所として、このブログでたらたら好きな文学についてなど書いていきたいなーと思います。まあ、ほぼ日記です。

文学の中でも明治文学、特に樋口一葉さんが好きなので、主に書いていきたいです。
ブログタイトルや僕のアカウント名も樋口一葉さんに(遠い近いあれど僕なりに)引っ掛けてみました。(実際の僕は御徒町に住んでるわけじゃないです)


日記として書いていきます。
よろしくお願いします。